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デザイン・コードの先へ − 空間から地域の個性を育てる|前橋市編
株式会社New Stories
太田直樹
概要
前橋市の「めぶく。」と真鶴町の「美の基準」を手がかりに、空間を起点として地域の個性がどう育ち、蓄積されるのかを考えるレポートです。前橋はビジョン駆動、真鶴は対話駆動と出発点は異なりますが、どちらにも罰則で縛らない緩やかなデザイン・コードがあります。重要なのはルールそのものより、建築や土木に関する協議や実践を通じて地域らしさを更新していく運用の知恵です。このレポートでは、他地域にも応用可能なプロセスの条件を探ります。
本リサーチは2026年1月及び2月に実施しました。依頼主である株式会社トラスト・ファイブ、株式会社ロフトワークの承諾を得て公開する形になりました。
まちの個性とは、どこからくるのだろう。そのまちの良さについて、都会の人々は「住みやすさ」として利便性を語り、他の地域ではどこに行っても皆一様に「自然がいっぱいで、人々がいい」と言う。それらの言葉だけでは、あまりに抽象的だ。
たとえば、路地に差し込む光はどうだろう。細い道を歩む体験、そこですれ違う人との距離感はどうだろう、会話のきっかけはどうだろう。昔ながらの小川を気持ちよく眺められるストリートでのひととき、レンガの街並み、そぞろ歩いていると不意に出現する建築家たちの作品が、日常に与えてくれる刺激や影響はどうだろう。そしてそれらが人為的に護られ、築かれた「設計」だとしたら。
真鶴と前橋、ふたつのまちの共通点は、長い間眠っていたオリジンがごく一部の人物によって高い解像度で再発見され、そのオリジンを現代に浸透あるいは拡大させるかたちで可視化されていったことだ。いまや多くの人々がまちに関わり、対峙する。その結果がまた、まちに表れる。空間は、人々の意志を蓄積する。ふたつのまちでは、それぞれ異なる経緯でこのことを証明しつつある。
共通することは、ビジョンやルールを作っただけで終わるのではなく、その後の運用に知恵と行動力があるということだ。デザイン・コードそのものより、デザイン・コードがまちにどう存在できるか、丁寧な対話を重ねながら実装していく、しなやかなエネルギー — 前橋市と真鶴町のリサーチは、その核心へとわたしたちを連れていく。
田中元子

群馬県前橋市

神奈川県真鶴町
群馬県前橋市では、2016年に前橋ビジョン「めぶく。」が制定され、街づくりが活発になる。白井屋ホテル(2020年)、しののめ信用金庫前橋営業部ビル(2022年)、まえばしガレリア(2023年)、馬場川通りアーバンデザインプロジェクト(2020〜24年)などが、子供・学生からお年寄りまでの居場所の連鎖となる。ビジョン駆動型で、「県庁所在地のなかで最下位を争う状態(前橋市出身・JINS創業者の田中仁さん、2012年)」の前橋市の地価が、暮らしの質の向上を伴う形で上昇している。
神奈川県真鶴町では、バブル期の急激なマンション開発に対して、漁村らしい穏やかなまちなみを守り育てるために、1993年に住民が参加して「美の基準」を制定。真鶴の生活や文化に根ざしたデザイン・コードとして、美しい空間を継承していく8つの原則と、「静かな背戸(路地)」「少し見える庭」など69のキーワードが30年以上運用されている。ポストモダンの街づくりとして建築家C・アレグザンダーが提唱した「パタン・ランゲージ」を元にした真鶴らしい“名付け得ぬ質”を味わえる。
2つの地域に共通するのは、ゆるやかな(強制や罰則がない)デザイン・コードがあること。ただし、それらは他の地域で展開できる普遍的な「成功モデル」ではなく、土地や個人に固有のものと著者は考えている。したがって、簡単には他地域に「横展開」できない。

そして、本質的な知恵はデザイン・コードそのものではなく、運用のプロセスにあると考えている。他の地域に展開できるのは、むしろプロセスではないか。
「めぶく。」や「美の基準」という抽象的な理念が、建築や土木を通して具体化し、地域に変化をもたらしたのはなぜか?前橋市や真鶴町については様々な記事や書籍が既に出ているので、本レポートは以下の観点から、2つの地域の特徴を共有する。
1.変化が始まった頃と現在の状況
2.変化を象徴する空間の観察
3.デザイン・ルールを運用する知恵
4.空間をデザインする緩やかなルールの可能性
5.参考資料リスト
ビジョンからデザインへ
県庁所在地のなかで最下位を争う状態からの脱却
群馬県の県庁所在地である前橋市は、2010年代半ばから民間主導で中心部の再生・活性化が行われている。2026年2月には緑の都市賞「内閣総理大臣賞」、25年7月にはまちづくりアワード国交大臣賞、24年10月にはグッドデザイン賞ベスト100など多数の受賞で国内外で注目されている。
前橋市の街づくりを2013年に始めた「JINS」創業者で前橋市出身の田中仁さんは、2022年にこう話している。
“8年前は、上場企業の社長が本業以外にエネルギーを注ぐなんて、けしからん!という風潮だったんです。”
“地域活動をはじめる最初の大きなきっかけになったのは、2011年にモナコで開催された起業家の世界大会に参加したことです。「起業家個人の地域や社会への社会貢献について」を記入しなきゃいけないことが、結構ありました。私には、そこに書けることがまったくなかったんですよ。”
“当時の前橋市は、県庁所在地の商業地の価格が、47都道府県で一番安かったんですよ。まあそんな町だから、社会の教科書に、シャッター商店街の事例として写真が載っちゃうくらいなんですよ!でも、よーく目を凝らして見たところ、「あっ、これって一周遅れてトップを走ってるんじゃないかな?」と思ったんです。ぼくは、やっぱり商売人なんですよ。”
(「ほぼ日の學校」記事から抜粋、2022年7月6日)
田中仁さんが危機意識を持った地価や人口の変化についてはどうか。

前橋市の人口は2000年をピークに減少が続いており、平均地価についても2010年・2015年・2025年のいずれの時点でも、県庁所在地47都市の中で40位前後の下位に位置しているなど、依然として厳しい状況は続いている。

しかし、市郊外の地価は平均地価同様に下落傾向ではある一方、中心部の地価は2015年ごろから上昇傾向がみられており、郊外との価格差も2倍程度あることから、2015年付近を境に中心部の再生と価値上昇がみられることがわかる。
北関東の都市を比較すると、高崎や宇都宮でも駅周辺再開発により中心市街地の地価が回復している。一方、水戸では中心地価の下落が続いている。高崎や宇都宮は、新幹線のターミナル駅としての駅周辺の開発やLRT開業などが進んでいる。前橋では交通拠点整備がないにもかかわらず2015年以降中心地価が回復しており、文化拠点整備や都市デザイン政策との関係が示唆される。
前橋市に戻ると、1997年から2016年までの間に、中心市街地全体の人口は19.2%減少し、中心部の再生が図られてきたが(中心市街地活性化計画(平成29年))、2017年度から2020年度までに商店街に62店が新たに出店するなど、その一定程度の効果が出はじめていると考えられる。2010年代前半は、県庁の展望階から街を見渡すと駐車場が目立つ状態だったが、街の空間が変わり始め、中心部の再生・活性化と合わせて、観光客数や移住者が増加している。
前橋市では、どのような方針で建物や空間が作られているのか。
中心市街地の25ha(半径300m)について、NYのセントラルパークをイメージし、クリエイティブな事業や学校、アートスペースなどを集積させ、緑を増やす街づくりが行われている。暗渠化した川は時間をかけて復元することが検討されている。

Green & Relax構想提案書(前橋商工会議所、2019年3月)より
民間主導の街づくり
次に住民や地元経営者による「民間主導」の事例をいくつかご紹介する。
2016年にビジョン「めぶく。」が、住民4,000人が参加してつくられている。このコンセプトを体現するシンボルを探していた地元経営者が活動する「太陽の会」が、前橋出身で「めぶく。」の策定に関わった糸井重里さんを通じて「太陽の鐘」の存在を知り、岡本太郎作品の管理を行っている団体から寄贈を受けた。前橋市が設置場所を用意し、太陽の会が修繕や移設費用を拠出した。周辺整備デザインは、前橋と縁がある藤本壮介さんが行った。
2019年にはビジョンの下に「デザイン都市」という戦略と「グリーン&リラックス」というテーマが具体化され、「自然と調和しデザインされた緑」や「ユニークかつ統一感ある街並み」などのデザイン・コードが定まった。それらのコードは、街路や壁にレンガを使って経年変化を味わうなど、共通のデザインにつながっていく。
2024年に竣工した馬場川通りアーバンデザインプロジェクトは、グッドデザイン賞2024やiF Design Award2025など多くのアワードを受賞している。事業のきっかけは前橋発展の礎となった水路の存在である。水路の柵を外して蓋を取り払う、デッキやベンチを設けて人と水の関係を取り戻すなどが意図された。事業費は太陽の会からの寄付金と民間都市開発機構からの拠出金により調達。空間デザインやマネジメントに市民の声を反映する、全国初のソーシャル・インパクト・ボンドを活用した市道200メートルの改修である。
情熱、志、資金
前橋の街づくりを始めた田中仁さん(以下仁さん)は、「違和感を感じる建物空間」に積極的に関わっている。仁さんによると大事なのは、建築家の個性とビジネスのバランスをとることである。理由は、建築家の個性を最大限に発揮してもらうとどうしても費用が増すことにある。例えば、仁さんが廃旅館を買い取り改装した白井屋ホテルの建築及び空間は様々な驚きがあるが、本格的な壁面緑化は建築だけでなく維持費用も決断が必要だったと思われる。結果として、街なかに河岸段丘を連想させる「違和感」があるランドスケープを形成し、「A面」の魅力の核となる空間となった。群馬県には、日本一と称される河岸段丘がある。
こうしたバランスの決断は、少なくとも仁さんの話を聴いている中では、前橋のビジョンに基づいて迷いがないように思われる。決断には、ビジネス優先でクリエイティビティが損なわれがちな企画への問題提起や提案も伴っている。そうした行動の要件として、「情熱」「志」「資金」の3つを仁さんは挙げる。その意味は、元子さんの考察(勝手から公共へ ー 惚れた力が、まちを変える)をご覧いただきたい。
前橋では、1人の経営者だけが動いているのではない。違和感のあるランドマークを核に面を作っていくことについて、50人以上の地元経営者が毎年50万以上を街づくりに拠出している。例えば、25haの中心市街地には、何箇所かオープンスペースがある。前橋市が運営する「まえばしigoo」でイベント等の利用申し込みが可能だ。これまでは空いた土地は駐車場になるのが当たり前だった。しかし、オープンスペースのいくつかの場所は土地所有者が得る駐車場の売上を地域経営者の有志が肩代わりをすることで、魅力的な空間を作り出している。
前橋の街づくりは、官民が連携し、民間団体である前橋デザインコミッション(MDC)や組成が検討されているファンドなどを通じて関わるプレイヤーが増え、組織化(+ビジネス化)されていく。26年2月の市長選の結果、不祥事を受けて辞任した小川市長が再選を果たした。再選早々に、市民事業支援センターとして活用され、2017年に閉鎖・解体が決定された複合施設、前橋テルサを巡って市民からの疑問の声があがっている。民間主導の街づくりは、どのように政治状況や経済開発などに対して頑強になりうるのか。
勝手から公共へ
—惚れた力が、まちを変える
神戸市出身の卜部直也さんは真鶴町に就職し、単身、引っ越してきた。真鶴町のまちづくり条例、通称「美の基準」という1993年に真鶴町が制定した景観のルール——いや、ルールと呼ぶには詩的すぎる言語体系——に惚れたからだ。「美の基準」は制定当時、町民の大半が関わり大いに盛り上がったが、その後動かぬ宝物のように硬直していた。卜部さんは、これをもう一度動かすつもりで、真鶴町にやってきた。
田中仁さんは、アイウエアブランドJINSを世界的企業に育てた経営者だ。あるとき海外の経営者たちが地域や社会に深く関わる姿を目の当たりにして、こころが動いたという。自分がいた頃に比べてすっかり衰退してしまっていた地元・前橋で今、できることがあるのではないか。
田中さんは「まちづくりに必要なのは、情熱、志、資金」という。「たまたま僕は、全部揃っていたから」。その言葉は瞬間、正しく聞こえたが、後になって思う。半分は、照れ隠しじゃないか。田中さんが前橋のまちづくりに関わり始めた最初、周囲の反応は冷ややかだったという。金持ちの道楽、と思われていたらしい。「ビジネスだと言い切った方が、話が早かったかもしれない」と苦笑する。情熱も志も資金も揃っていた人が、それでも孤独な時期を通り抜けた。「全部揃っていたから」という言葉は、その孤独をさらりと隠す言い方にも聞こえる。
一方の卜部さんのお話しでは、こんな言葉が印象的だった。「ひとつひとつのケースで違う、ということが公平」。これは景観やまちづくりのみならず、本当の公平を言い表している。わたしたち個人がひとりひとり違うから、ひとつのルールに対して負荷が異なるように、「美の基準」によるデザインコードを建設側に照らし合わせることもまた、ひとつひとつのケースで事情が異なる。卜部さんは行政職員としてこれらについて粘り強く対話しながら、そのケースならではの最適解を探っていった。強引に物差しを当てるのではなく、相手の話をよく聞き、真鶴らしさとは何かを一緒に考える。それは地味で曖昧で、誰でもひとつの模範解答にアクセスすれば済むというものでもない。明快な素早さを合理性と言うならば、合理に欠くかもしれない。だが本当の合理、本当の公平だ。行政マンがこの言葉を体現できること自体、すでに真鶴の奇跡だと思った。
田中さんが「面」を動かす人だとすれば、卜部さんは「点」を丁寧に打つ人だ。ダイナミックに動き、スケールで都市を変えようとする人と、一軒一軒の対話を積み重ねて、景観を形作ろうとする人。方法論はまるで違う。
しかし、おふたりには同じ匂いがある。それは「誰かの依頼や許可を待たずに動いた」ということだ。原初的なエネルギーの源は理屈抜きで、まちがすでに持っていた可能性を見いだし惚れた、それに尽きるのではないか。惚れたエネルギーは結果的にまちを変え、その変化の姿はまるで、まちに「人格」のような固有性を宿らせていくものだった。
まちの固有性とは、利便性や自然が多さ、人々の親切だけでなく、そもそもは、誰かがそこに惚れ込んだ瞬間から動き出し、形作られていくものなのかもしれない。
もうひとつおふたりに共通するのは、自分の思い通りの王国を作ろうとしなかったことだ。卜部さんは市民との対話を柔軟に重ね、田中さんは共に動く仲間を迎えてきた。ともに人々を信頼し、柔軟な変化やアレンジを許容してきたことが、持続性と実現性に繋がっている。だから、たったひとりの惚れた「勝手」は硬直せず、のびのびとスプロールした。過度にコントロールしない信頼関係が、まちづくりというつかみどころのないものを、有機的に具現化した。勝手から、公共へ。掛け値無しの惚れ込みは、やがて人々を立ち上がらせ、まちの固有性を作り出す原動力へと昇華していった。
田中元子

株式会社New Stories 代表取締役
太田 直樹
挑戦する地方都市を「生きたラボ」として捉え、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスを越境し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。2015年1月から2017年8月まで、総務大臣補佐官として地方の活性化やIoT、AIの社会実装に関する政策立案と実行に従事。2014年まではボストン・コンサルティング・グループの経営メンバーとして、アジアのテクノロジーグループを統括。シビックテックを推進するCode for Japan理事としても活動し、国内外のイノベーション人材とつながりを持つ。
参考資料リスト
前橋市中⼼市街地活性化基本計画、2017年3月
「GREEN&RELAX 森の中のまちをつくる 〜新しいまちづくりの提案〜」、前橋商工会議所、2019年3月発行
前橋市中心市街地活性化基本計画の フォローアップに関する報告書、2022年2月馬場川通りアーバンデザインプロジェクト 2024 グッドデザイン・ベスト100、公益財団法人日本デザイン振興会、2024年発表
馬場川通りアーバンデザインプロジェクト、株式会社ランドスケープ・プラス、2024年公表
「Digital Green City 前橋 “めぶく”に集った「民」の力」、国際大学GLOCOM ケース教材、2024年11月発行
第3期県都まえばし創生プラン、2025年3月
調査チーム
田中仁(個人として。株式会社ジンズホールディングス 創業者 代表取締役会長CEO)
橋本薫(まちの開発舎代表取締役)
太田直樹(株式会社New Stories)
田中元子(株式会社グランドレベル)
片山とき(株式会社New Stories)



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デザイン・コードの先へ − 空間から地域の個性を育てる|前橋市編
株式会社New Stories
太田直樹
概要
前橋市の「めぶく。」と真鶴町の「美の基準」を手がかりに、空間を起点として地域の個性がどう育ち、蓄積されるのかを考えるレポートです。前橋はビジョン駆動、真鶴は対話駆動と出発点は異なりますが、どちらにも罰則で縛らない緩やかなデザイン・コードがあります。重要なのはルールそのものより、建築や土木に関する協議や実践を通じて地域らしさを更新していく運用の知恵です。このレポートでは、他地域にも応用可能なプロセスの条件を探ります。
本リサーチは2026年1月及び2月に実施しました。依頼主である株式会社トラスト・ファイブ、株式会社ロフトワークの承諾を得て公開する形になりました。
まちの個性とは、どこからくるのだろう。そのまちの良さについて、都会の人々は「住みやすさ」として利便性を語り、他の地域ではどこに行っても皆一様に「自然がいっぱいで、人々がいい」と言う。それらの言葉だけでは、あまりに抽象的だ。
たとえば、路地に差し込む光はどうだろう。細い道を歩む体験、そこですれ違う人との距離感はどうだろう、会話のきっかけはどうだろう。昔ながらの小川を気持ちよく眺められるストリートでのひととき、レンガの街並み、そぞろ歩いていると不意に出現する建築家たちの作品が、日常に与えてくれる刺激や影響はどうだろう。そしてそれらが人為的に護られ、築かれた「設計」だとしたら。
真鶴と前橋、ふたつのまちの共通点は、長い間眠っていたオリジンがごく一部の人物によって高い解像度で再発見され、そのオリジンを現代に浸透あるいは拡大させるかたちで可視化されていったことだ。いまや多くの人々がまちに関わり、対峙する。その結果がまた、まちに表れる。空間は、人々の意志を蓄積する。ふたつのまちでは、それぞれ異なる経緯でこのことを証明しつつある。
共通することは、ビジョンやルールを作っただけで終わるのではなく、その後の運用に知恵と行動力があるということだ。デザイン・コードそのものより、デザイン・コードがまちにどう存在できるか、丁寧な対話を重ねながら実装していく、しなやかなエネルギー — 前橋市と真鶴町のリサーチは、その核心へとわたしたちを連れていく。
田中元子

群馬県前橋市

神奈川県真鶴町
群馬県前橋市では、2016年に前橋ビジョン「めぶく。」が制定され、街づくりが活発になる。白井屋ホテル(2020年)、しののめ信用金庫前橋営業部ビル(2022年)、まえばしガレリア(2023年)、馬場川通りアーバンデザインプロジェクト(2020〜24年)などが、子供・学生からお年寄りまでの居場所の連鎖となる。ビジョン駆動型で、「県庁所在地のなかで最下位を争う状態(前橋市出身・JINS創業者の田中仁さん、2012年)」の前橋市の地価が、暮らしの質の向上を伴う形で上昇している。
神奈川県真鶴町では、バブル期の急激なマンション開発に対して、漁村らしい穏やかなまちなみを守り育てるために、1993年に住民が参加して「美の基準」を制定。真鶴の生活や文化に根ざしたデザイン・コードとして、美しい空間を継承していく8つの原則と、「静かな背戸(路地)」「少し見える庭」など69のキーワードが30年以上運用されている。ポストモダンの街づくりとして建築家C・アレグザンダーが提唱した「パタン・ランゲージ」を元にした真鶴らしい“名付け得ぬ質”を味わえる。
2つの地域に共通するのは、ゆるやかな(強制や罰則がない)デザイン・コードがあること。ただし、それらは他の地域で展開できる普遍的な「成功モデル」ではなく、土地や個人に固有のものと著者は考えている。したがって、簡単には他地域に「横展開」できない。

そして、本質的な知恵はデザイン・コードそのものではなく、運用のプロセスにあると考えている。他の地域に展開できるのは、むしろプロセスではないか。
「めぶく。」や「美の基準」という抽象的な理念が、建築や土木を通して具体化し、地域に変化をもたらしたのはなぜか?前橋市や真鶴町については様々な記事や書籍が既に出ているので、本レポートは以下の観点から、2つの地域の特徴を共有する。
1.変化が始まった頃と現在の状況
2.変化を象徴する空間の観察
3.デザイン・ルールを運用する知恵
4.空間をデザインする緩やかなルールの可能性
5.参考資料リスト
ビジョンからデザインへ
県庁所在地のなかで最下位を争う状態からの脱却
群馬県の県庁所在地である前橋市は、2010年代半ばから民間主導で中心部の再生・活性化が行われている。2026年2月には緑の都市賞「内閣総理大臣賞」、25年7月にはまちづくりアワード国交大臣賞、24年10月にはグッドデザイン賞ベスト100など多数の受賞で国内外で注目されている。
前橋市の街づくりを2013年に始めた「JINS」創業者で前橋市出身の田中仁さんは、2022年にこう話している。
“8年前は、上場企業の社長が本業以外にエネルギーを注ぐなんて、けしからん!という風潮だったんです。”
“地域活動をはじめる最初の大きなきっかけになったのは、2011年にモナコで開催された起業家の世界大会に参加したことです。「起業家個人の地域や社会への社会貢献について」を記入しなきゃいけないことが、結構ありました。私には、そこに書けることがまったくなかったんですよ。”
“当時の前橋市は、県庁所在地の商業地の価格が、47都道府県で一番安かったんですよ。まあそんな町だから、社会の教科書に、シャッター商店街の事例として写真が載っちゃうくらいなんですよ!でも、よーく目を凝らして見たところ、「あっ、これって一周遅れてトップを走ってるんじゃないかな?」と思ったんです。ぼくは、やっぱり商売人なんですよ。”
(「ほぼ日の學校」記事から抜粋、2022年7月6日)
田中仁さんが危機意識を持った地価や人口の変化についてはどうか。

前橋市の人口は2000年をピークに減少が続いており、平均地価についても2010年・2015年・2025年のいずれの時点でも、県庁所在地47都市の中で40位前後の下位に位置しているなど、依然として厳しい状況は続いている。

しかし、市郊外の地価は平均地価同様に下落傾向ではある一方、中心部の地価は2015年ごろから上昇傾向がみられており、郊外との価格差も2倍程度あることから、2015年付近を境に中心部の再生と価値上昇がみられることがわかる。
北関東の都市を比較すると、高崎や宇都宮でも駅周辺再開発により中心市街地の地価が回復している。一方、水戸では中心地価の下落が続いている。高崎や宇都宮は、新幹線のターミナル駅としての駅周辺の開発やLRT開業などが進んでいる。前橋では交通拠点整備がないにもかかわらず2015年以降中心地価が回復しており、文化拠点整備や都市デザイン政策との関係が示唆される。
前橋市に戻ると、1997年から2016年までの間に、中心市街地全体の人口は19.2%減少し、中心部の再生が図られてきたが(中心市街地活性化計画(平成29年))、2017年度から2020年度までに商店街に62店が新たに出店するなど、その一定程度の効果が出はじめていると考えられる。2010年代前半は、県庁の展望階から街を見渡すと駐車場が目立つ状態だったが、街の空間が変わり始め、中心部の再生・活性化と合わせて、観光客数や移住者が増加している。
前橋市では、どのような方針で建物や空間が作られているのか。
中心市街地の25ha(半径300m)について、NYのセントラルパークをイメージし、クリエイティブな事業や学校、アートスペースなどを集積させ、緑を増やす街づくりが行われている。暗渠化した川は時間をかけて復元することが検討されている。

Green & Relax構想提案書(前橋商工会議所、2019年3月)より
民間主導の街づくり
次に住民や地元経営者による「民間主導」の事例をいくつかご紹介する。
2016年にビジョン「めぶく。」が、住民4,000人が参加してつくられている。このコンセプトを体現するシンボルを探していた地元経営者が活動する「太陽の会」が、前橋出身で「めぶく。」の策定に関わった糸井重里さんを通じて「太陽の鐘」の存在を知り、岡本太郎作品の管理を行っている団体から寄贈を受けた。前橋市が設置場所を用意し、太陽の会が修繕や移設費用を拠出した。周辺整備デザインは、前橋と縁がある藤本壮介さんが行った。
2019年にはビジョンの下に「デザイン都市」という戦略と「グリーン&リラックス」というテーマが具体化され、「自然と調和しデザインされた緑」や「ユニークかつ統一感ある街並み」などのデザイン・コードが定まった。それらのコードは、街路や壁にレンガを使って経年変化を味わうなど、共通のデザインにつながっていく。
2024年に竣工した馬場川通りアーバンデザインプロジェクトは、グッドデザイン賞2024やiF Design Award2025など多くのアワードを受賞している。事業のきっかけは前橋発展の礎となった水路の存在である。水路の柵を外して蓋を取り払う、デッキやベンチを設けて人と水の関係を取り戻すなどが意図された。事業費は太陽の会からの寄付金と民間都市開発機構からの拠出金により調達。空間デザインやマネジメントに市民の声を反映する、全国初のソーシャル・インパクト・ボンドを活用した市道200メートルの改修である。
情熱、志、資金
前橋の街づくりを始めた田中仁さん(以下仁さん)は、「違和感を感じる建物空間」に積極的に関わっている。仁さんによると大事なのは、建築家の個性とビジネスのバランスをとることである。理由は、建築家の個性を最大限に発揮してもらうとどうしても費用が増すことにある。例えば、仁さんが廃旅館を買い取り改装した白井屋ホテルの建築及び空間は様々な驚きがあるが、本格的な壁面緑化は建築だけでなく維持費用も決断が必要だったと思われる。結果として、街なかに河岸段丘を連想させる「違和感」があるランドスケープを形成し、「A面」の魅力の核となる空間となった。群馬県には、日本一と称される河岸段丘がある。
こうしたバランスの決断は、少なくとも仁さんの話を聴いている中では、前橋のビジョンに基づいて迷いがないように思われる。決断には、ビジネス優先でクリエイティビティが損なわれがちな企画への問題提起や提案も伴っている。そうした行動の要件として、「情熱」「志」「資金」の3つを仁さんは挙げる。その意味は、元子さんの考察(勝手から公共へ ー 惚れた力が、まちを変える)をご覧いただきたい。
前橋では、1人の経営者だけが動いているのではない。違和感のあるランドマークを核に面を作っていくことについて、50人以上の地元経営者が毎年50万以上を街づくりに拠出している。例えば、25haの中心市街地には、何箇所かオープンスペースがある。前橋市が運営する「まえばしigoo」でイベント等の利用申し込みが可能だ。これまでは空いた土地は駐車場になるのが当たり前だった。しかし、オープンスペースのいくつかの場所は土地所有者が得る駐車場の売上を地域経営者の有志が肩代わりをすることで、魅力的な空間を作り出している。
前橋の街づくりは、官民が連携し、民間団体である前橋デザインコミッション(MDC)や組成が検討されているファンドなどを通じて関わるプレイヤーが増え、組織化(+ビジネス化)されていく。26年2月の市長選の結果、不祥事を受けて辞任した小川市長が再選を果たした。再選早々に、市民事業支援センターとして活用され、2017年に閉鎖・解体が決定された複合施設、前橋テルサを巡って市民からの疑問の声があがっている。民間主導の街づくりは、どのように政治状況や経済開発などに対して頑強になりうるのか。
勝手から公共へ
—惚れた力が、まちを変える
神戸市出身の卜部直也さんは真鶴町に就職し、単身、引っ越してきた。真鶴町のまちづくり条例、通称「美の基準」という1993年に真鶴町が制定した景観のルール——いや、ルールと呼ぶには詩的すぎる言語体系——に惚れたからだ。「美の基準」は制定当時、町民の大半が関わり大いに盛り上がったが、その後動かぬ宝物のように硬直していた。卜部さんは、これをもう一度動かすつもりで、真鶴町にやってきた。
田中仁さんは、アイウエアブランドJINSを世界的企業に育てた経営者だ。あるとき海外の経営者たちが地域や社会に深く関わる姿を目の当たりにして、こころが動いたという。自分がいた頃に比べてすっかり衰退してしまっていた地元・前橋で今、できることがあるのではないか。
田中さんは「まちづくりに必要なのは、情熱、志、資金」という。「たまたま僕は、全部揃っていたから」。その言葉は瞬間、正しく聞こえたが、後になって思う。半分は、照れ隠しじゃないか。田中さんが前橋のまちづくりに関わり始めた最初、周囲の反応は冷ややかだったという。金持ちの道楽、と思われていたらしい。「ビジネスだと言い切った方が、話が早かったかもしれない」と苦笑する。情熱も志も資金も揃っていた人が、それでも孤独な時期を通り抜けた。「全部揃っていたから」という言葉は、その孤独をさらりと隠す言い方にも聞こえる。
一方の卜部さんのお話しでは、こんな言葉が印象的だった。「ひとつひとつのケースで違う、ということが公平」。これは景観やまちづくりのみならず、本当の公平を言い表している。わたしたち個人がひとりひとり違うから、ひとつのルールに対して負荷が異なるように、「美の基準」によるデザインコードを建設側に照らし合わせることもまた、ひとつひとつのケースで事情が異なる。卜部さんは行政職員としてこれらについて粘り強く対話しながら、そのケースならではの最適解を探っていった。強引に物差しを当てるのではなく、相手の話をよく聞き、真鶴らしさとは何かを一緒に考える。それは地味で曖昧で、誰でもひとつの模範解答にアクセスすれば済むというものでもない。明快な素早さを合理性と言うならば、合理に欠くかもしれない。だが本当の合理、本当の公平だ。行政マンがこの言葉を体現できること自体、すでに真鶴の奇跡だと思った。
田中さんが「面」を動かす人だとすれば、卜部さんは「点」を丁寧に打つ人だ。ダイナミックに動き、スケールで都市を変えようとする人と、一軒一軒の対話を積み重ねて、景観を形作ろうとする人。方法論はまるで違う。
しかし、おふたりには同じ匂いがある。それは「誰かの依頼や許可を待たずに動いた」ということだ。原初的なエネルギーの源は理屈抜きで、まちがすでに持っていた可能性を見いだし惚れた、それに尽きるのではないか。惚れたエネルギーは結果的にまちを変え、その変化の姿はまるで、まちに「人格」のような固有性を宿らせていくものだった。
まちの固有性とは、利便性や自然が多さ、人々の親切だけでなく、そもそもは、誰かがそこに惚れ込んだ瞬間から動き出し、形作られていくものなのかもしれない。
もうひとつおふたりに共通するのは、自分の思い通りの王国を作ろうとしなかったことだ。卜部さんは市民との対話を柔軟に重ね、田中さんは共に動く仲間を迎えてきた。ともに人々を信頼し、柔軟な変化やアレンジを許容してきたことが、持続性と実現性に繋がっている。だから、たったひとりの惚れた「勝手」は硬直せず、のびのびとスプロールした。過度にコントロールしない信頼関係が、まちづくりというつかみどころのないものを、有機的に具現化した。勝手から、公共へ。掛け値無しの惚れ込みは、やがて人々を立ち上がらせ、まちの固有性を作り出す原動力へと昇華していった。
田中元子

株式会社New Stories 代表取締役
太田 直樹
挑戦する地方都市を「生きたラボ」として捉え、行政、企業、大学、ソーシャルビジネスを越境し、未来をプロトタイピングすることを企画・運営。2015年1月から2017年8月まで、総務大臣補佐官として地方の活性化やIoT、AIの社会実装に関する政策立案と実行に従事。2014年まではボストン・コンサルティング・グループの経営メンバーとして、アジアのテクノロジーグループを統括。シビックテックを推進するCode for Japan理事としても活動し、国内外のイノベーション人材とつながりを持つ。
参考資料リスト
前橋市中⼼市街地活性化基本計画、2017年3月
「GREEN&RELAX 森の中のまちをつくる 〜新しいまちづくりの提案〜」、前橋商工会議所、2019年3月発行
前橋市中心市街地活性化基本計画の フォローアップに関する報告書、2022年2月馬場川通りアーバンデザインプロジェクト 2024 グッドデザイン・ベスト100、公益財団法人日本デザイン振興会、2024年発表
馬場川通りアーバンデザインプロジェクト、株式会社ランドスケープ・プラス、2024年公表
「Digital Green City 前橋 “めぶく”に集った「民」の力」、国際大学GLOCOM ケース教材、2024年11月発行
第3期県都まえばし創生プラン、2025年3月
調査チーム
田中仁(個人として。株式会社ジンズホールディングス 創業者 代表取締役会長CEO)
橋本薫(まちの開発舎代表取締役)
太田直樹(株式会社New Stories)
田中元子(株式会社グランドレベル)
片山とき(株式会社New Stories)
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